◆ おすすめポイント
・天池・高昌古城・カレーズ・敦煌莫高窟などシルクロードの世界遺産を満喫!
・敦煌莫高窟では未開放の「特別窟」NO.45、57へもご案内!
・トルファンと敦煌それぞれ2連泊します!
・全ホテルバスタブ付き!
・敦煌では久しぶりの和食もお楽しみいただけます;
・各地では専用車と日本語ガイドがご案内します!
新彊ウイグル自治区博物館(しんきょうウイグルじちくはくぶつかん)
ウルムチ市西北路にあり、新彊で最大の博物館です。
展示は、「歴史文物陳列室」と「民族民俗陳列室」と「ミイラ陳列室」に分かれています。
特に特別なのは、「ミイラ陳列室」。
楼蘭、トルファンなどから出土されたミイラが十体ほど展示してあり、なかでも有名なのが楼蘭の美女。
「楼蘭の美女」とは1980年に楼蘭の遺跡から発掘された女性のミイラです。
埋葬の時期は紀元前1000年。
45歳、157cm、O型。
顎のやや尖った細面の顔だちで大きな眼を持ちます。
髪の毛は明るいブラウン、人種はヨーロッパ系。
「民族民俗展」では、ウイグル族のほかハザク、キルギスなどの民族の住居、衣服、生活様式などを示す展示がされています。

天池(てんち)
ウルムチの東110キロ、ボゴダ峰の中腹にあります。
ボゴダ峰の標高は5445メートル、天池の標高は1980メートル。
水の色は青々としていて、万年雪を戴くボゴダ峰と、それに抱かれるように広がる湖の取り合わせには鮮烈な美しさがあります。
中国の神話にしばしば登場する女神に西王母がいます。伝説に、周の穆王が西に巡狩した時、西王母は瑶池で宴を開きこれをもてなした、とありますが、地元では、その瑶池が天池であると言ってます。
トルファン(吐魯番)
天山山脈の南東麓、トルファン盆地の中央にあるオアシス都市。
トルファンはウイグル語で「くぼんだ土地」の意です。南にあるアイディン湖は、湖面が標高マイナス154メートル、世界で二番目に低い所にある湖です。
古来、「
北へ向かえば天山の北麓に、南に向かえば天山南路になります。その地理的な位置より、古くからシルクロード上最も重要な拠点のひとつでした。
中国の前漢の時代に交河故城を王城として栄えていた車師前国、玄奘三蔵法師がインドへ向かう途中立ち寄った時に栄えていたのは高昌国、ともにトルファンになります。唐は、その高昌国を滅ばしここに安西都護府を置き、その後、チベット、西ウイグル国、モンゴル、東チャガタイ=ハン国、カシュガル=ハン国、ジュンガル部を支配するところとなりました。

カレーズ博物館
「カレーズ」はペルシャ語「掘って水を通す設備」、2千年前に造られた地下水利工事です。
山麓に地下水を掘り当て、その水を村まで引いてきます。
引いてくる方法は、二、三十メートルごとに竪穴を掘り、それを横穴で繋いで水を通してきます。
井戸はもっとも深いものでは70メートル近くにも達し、また長さは、普通は3キロ程度、もっとも長いものは10キロもあります。
トルファンには千二百本のカレーズがあり、その規模は、万里の長城にも匹敵するほどだと言われます。
これにより、中国で一二を争う乾燥地帯であるにもかかわらず、村の水路には水が溢れ、ポプラの並木が葉を風に揺らせながら日陰を作っています。
トルファンは葡萄の産地として名高いが、それを可能にしているのもカレーズでしょう。

蘇公塔(そこうとう)
トルファン市の中心部から東へ2キロ離れ、イスラム建築の尖塔です。
1779年に時のトルファン郡王のスレイマン(蘇来満)が父親の(エミン)額敏を記念するため建てられ、別名、額敏塔とも言います。
高さ44メートル、外壁は煉瓦の組み合わせて様々の紋様を描き出しています。塔内も材を使わずに煉瓦を積みあげた螺旋形の支柱で塔を支えています。
塔の下には教堂が建てられ、また、漢文とチャガタイ文の二言語で書かれ建塔の碑もあります。

高昌故城(こうしょうこじょう)
トルファンの市内から東へ40キロのところにあります。
前漢はここに高昌壁をつくり漢人を入植させました。その後、五世紀から七世紀にかけ、漢人の麹氏が建てた高昌国の王城として栄えました。
東西1.4キロ、南北1.5キロ。建物はすべて日干し煉瓦で造られていました。それが、風化を受け、ほとんど廃墟となって広がっています。
それでも、王城、景教寺院、マニ教寺院、仏教寺院などの遺跡を判別できます。
高昌故城は、麹文泰が建てたものと言われ、628年玄奘三蔵をこの地へ招聘したのもその麹文泰です。
唐は高昌国を滅ぼした後、安西都護符を交河故城に置きましたが、更にその後はウイグルの高昌国の王都として栄えました。
廃されたのは明代前期です。

アスターナ古墳群
アスターナはウイグル語で「首府」の意です。
古墳はトルファン市の市街の東南40キロ、高昌故城の北西4キロ。
4世紀から7世紀にかけてこの地に栄えた麹氏高昌国の古墳群です。
墓の数は五百ほどあり、葬られているのは、多くは漢族の豪族で、家族ごとに埋葬されています。
遺体はミイラ化し、同時に、副葬された埋葬品も保存状態はよい。絹織物、陶器、木器、貨幣、墓誌、文書類が発掘されています。なかで有名なものは、絹本の伏羲女蝸図、舞楽図、囲棋仕女図、牧馬図、樹下美人図、樹下人物図などです。

火焔山(かえんざん)
トルファン盆地の中部に横たわる岩山。
夏の強い光が当たると燃えるように赤くなり、地元の人は、赤い山と呼びます。
東西100キロ、南北10キロ、平均海抜約500メートルです。
『西遊記』の「唐三蔵火焔山に阻まれること 孫行者芭蕉扇を奪いとること」の一段が、ここを舞台にしています。
燃える火焔山を過ぎるために、「ひとつ煽げば火が消える、ふたつ煽げば風おこる、みっつ煽げば雨が降る」という芭蕉扇を鉄扇公主から奪う話です。

ベゼクリク千仏洞
トルファン市街地から東へ60キロ、火焔山北麓のムルトゥク河の断崖に掘られた、幅400メートルの石窟寺院です。
現存するのは64窟。
開削は六世紀の麹氏高昌国に始まり、最盛期は十世紀、ウイグル人によって造られました。
当時、ウイグル人はイスラム化されず、仏教を信仰していました。
ベゼクリクはウイグル語で「装飾された家」と言い、華やかな壁画に飾られた窟が多い。ただし、またそれ故に、外国の探検家に壁を切り取られ持ち去られることにもなりました。
残された中で名高いのは第39窟の「各国王子挙哀図」。
挙哀とは、葬儀のさいに遺族などが号泣して悲しみを表すことですが、この図には西域のさまざまな民族の姿、衣装、髪飾りなどが描かれていて、当時の風俗、生活を偲ばせます。

交河故城(こうがこじょう)
トルファンの街から西へ10キロ、二本の河の交差するところにあるので交河故城と言われます。
漢代の車師前王国の治所の所在地とされ、今から2200年ほど前のことです。
高昌故城が漢以降この地に進出した漢人の住処であったのに対し、交河故城は騎馬民族と思われる車師人の古くからの住処でした。
ふたつの城は、70キロ離れながらそれぞれ独自の文化を保持していました。
麹氏高昌国の時代には、高昌故城の副都的な存在で、交河郡城と呼ばれていました。
その後、唐は麹氏高昌国を滅ぼし、安西都護府を置きましたがその在所が交河故城でした。
現存するのは唐の時代と、それ以降のものです。
東西1000メートル、南北300メートルの長方形をなし、東と南に城門がありますが、城壁はありません。
城内は三つの地区に分かれていたと考えられます。西北区は寺廟地区、東北区は居住区、東南区は役所区になるようです。

● 鳴沙山・月牙泉(めいさざん・ げつがせん)
敦煌の町から南へ5キロ。
東西40キロ、南北20キロにわたり砂丘が続き、特徴は砂の粒子が細かいこと。その細かい粒子の砂の山々が描く稜線は美しく、日向と日陰の明暗を曲線でクッキリと描き出します。
鳴沙山の砂の山々の間に、東西200メートル、南北50メートルの半月型の泉があります。
その形から「月牙」泉と呼ばれています。
周囲は延々と砂漠が続いてますが、ここの泉の水は涸れたことがありません。


● 莫高窟(ばっこうくつ)
敦煌市の南東25キロ、鳴沙山の東端に開鑿された石窟群です。
鳴沙山の東麓の絶壁に、東西1600メートルに及ぶ範囲で石窟が造られています。
石窟の中には、極彩色の壁画が描かれ、色鮮やかな彩色が施された塑像を安置しています。
唐の時代には千を超える石窟が掘られて、現在では六百ほどが残されています。
敦煌文物研究院によって、壁画や塑像が残る石窟には番号が付けられ管理されているが、その数は492もあります。
壁画は、合わせると4万5千平方メートルに、また、塑像の数は2415体にも及んでいます。
最初に石窟を造ったのは、前秦の建元2年(366年)、西よりやってきた沙門楽尊が三危山と鳴沙山が相対するところ金色に輝くのを見て、ひとつの石窟を開いたそうです。
現在、その石窟は確認できませんが、確実なことは、5世紀前半の北涼時代から、北魏、隋、唐、宋、西夏、元と千年に及び営々と掘られ続けられてきました。
各時代によって窟の構造や彫刻の様式、壁画の画題が違うところが見どころです!
世界の中でも類を見ない素晴らしい歴史的芸術遺産であることは間違いありません。
1987年に世界遺産に登録されました。

● 陽関址(ようかんあと)
敦煌の南西65キロ。
漢の時代(前107年)に設けられた関で、玉門関の陽(南)に位置するので陽関と言われます。
玉門関が西域北道への起点であったのに対して、陽関は西域南道への起点でした。
しかし、唐代には玉門関は、敦煌の東に移され、そのため、唐以降は西域への道はすべて陽関経由になり重要度を増すことになりました。
今残っているのは、烽火台の址で、陽関そのものは沙漠の中に埋もれています。
唐代の詩人・王維が作成した有名な詩があります。
渭城の朝雨軽塵をうるおし
客舎青々柳色新たなり
君に勧む更に尽くせ一杯の酒
西の方,陽関を出ずれば故人無からん
三蔵法師玄奘も、インドからの帰途にこの関を通りました。

● 玉門関址(ぎょくもんかんあと)
敦煌の西北85キロ。
漢の時代(前116年一前105年)に開かれ、ホータンの玉の入り口にちなみ玉門関と名づけられました。
陽関とともに、西域への起点であって、西域北道(天山北路)へは玉門関を経由し、西域南道へは陽関を経由しました。
唐の李白の代表作のひとつに数えられる詩に「子夜呉歌」と題された詩があります。長安(西安)を舞台にした詩ですが、そこに玉門関が登場しました。
長安 一片の月
万戸 衣をうつの声
秋風 吹き尽くさず
総べてこれ玉関の情
いずれの日か胡虜を平らげて
良人は遠征を罷めん
妻は、長安に残され、月を見、砧の音を聞き、秋風を肌に感じています。
そうした総てが、玉門関を越えて遠征をしている良人への想いに繋がります。

● 河倉城(かくらじょう)
疏勒河に沿って築いた軍用倉庫ですので、河倉城と名付けられました。
漢から魏・晋までの間、陽関や玉門関、長城などの関所へ軍需品を供用し、往来の兵士達へも食料や衣類、軍馬飼料なども提供していました。

● 漢長城(かんちょうじょう)
万里の長城の続きで、泥や藁などで築いた漢代の長城です。
降雨量が少ないゴビ砂漠に建設され、北京当たりのレンガや石作りの長城と全く違う作りです。
● 沙州夜市(さしゅうよいち)
敦煌一番の屋台です。
全国ベスト10の市場に選ばれ、飲食街・工芸品街・農産物街など五つの部分からなっています。
国内観光のお客様は、敦煌へ訪れる場合は莫高窟同様、必ず行く場所です。
豊富な地方特色の名物料理が集まっているので、是非夕食をここでお試しください。
食後、現地特産のお土産をショッピングするのも楽しみです。
◆ スケジュール
日付 | 都市 | モデルコース |
1 | 各 地 ≀ ウ ル ム チ | ご自身で空港までお越しいただき、ウルムチまでご移動ください 午前:ウルムチ到着後、専用車でホテルまでご案内します 昼食は機内食 午後:市内観光 「楼蘭美女」のミイラや古代シルクロード文化の出土品が展示されている【自治区博物館】見学、その後【国際バザール】散策 夕食は、19:00~21:00 「国際大劇院」にて、新疆歌舞団が演ずる大人気の新疆各少数民族の民俗音楽と舞踊のショーを鑑賞しながら、盛りだくさんの新疆地元料理(バイキング)をお楽しみください 宿泊:ウルムチ環球大酒店 又は五つ星同等ホテル |
| 2 | ウルムチ ≀ トルファン | ウルムチ~天池~トルファン ホテルにて朝食後、専用車で天山ボゴダ峰の中腹にある、古くから西王母の「瑶池」と呼ばれる「世界遺産」●天山天池(区間車込み)へ(約120キロ/1.5時間) 万年雪、高山の湖、 杉林、カザフ族の遊牧場をお楽しみください 昼食後、専用車にてトルファンへ(約200キロ/2.5時間) トルファン到着後、ホテルチェックイン 夕方、西域三十六国のひとつである車師前国の王城であり、2000年余前に造られ、世界的に見ても保存状態がよい生土建築都市「世界遺産」●交河古城(1時間)へご案内します 夕食はホテル内にて 宿泊:トルファン火州大酒店 または四つ星同等ホテル |
3 | ト ル フ ァ ン | 終日トルファン観光 幾何学模様が美しいイスラム建築芸術の代表●蘇公塔(30分)、その規模が万里の長城にも匹敵すると言われる、2000年前に造られた地下水利工事●カレーズ(1時間)、「中国のメッカ」と呼ばれた中国の第一大イスラム教聖地●吐峪溝(1.5時間)(◎吐峪溝古民居、◎吐峪溝扎、◎吐峪溝大峡谷込み) 郊外のレストランで昼食をお召し上がりいただいた後、ホテル休憩 午後、玄奘三蔵も立ち寄ったとされる仏教国の跡「世界遺産」●高昌故城(1時間)(城内はロバ車利用)、高昌国の貴族の陵墓●アスターナ古墳(40分)、四世紀から八世紀まで彫り続けていた仏教聖地●ベゼクルリ千仏洞(1時間)、「西遊記」で孫悟空が活躍した名場面でもあり、山肌が燃えているように見える○火焔山(車窓)へご案内します 夜、ウイグル族の民家の葡萄棚の下で、家庭料理の夕食をご賞味ください 宿泊:連泊 |
4 | ト ル フ ァ ン ≀ 敦 煌 | トルファン~敦煌 ホテルにて朝食後、高速鉄道で敦煌へ 利用予定列车:D2704号(10:21/13:56) 昼食はお弁当になります 敦煌到着後、ホテルへご案内します チェックイン後、ホテル休憩 夕方、ホテル出発、砂漠の山 ●鳴沙山をラクダに乗って、三日月形の美しい泉 ●月牙泉へ向かいましょう 夕食は、ホテル内にて久しぶりの和食をお楽しみください 宿泊:敦煌大酒店 又は同等クラスホテル |
5 | 敦 煌 | 終日敦煌観光 午前、砂漠の大画廊と称される仏教芸術の宝庫「世界遺産」●莫高窟へご案内します。一般窟見学の後、特別窟である第45窟・57窟の特別見学へもご案内し、色彩豊富な古代仏教芸術をご鑑賞ください 昼食は敦煌田舎料理 午後、漢代(紀元前121年)設立され、それぞれシルクロード南北要塞であった●陽関、●玉門関、軍事要塞の後方基地●河倉城、二千年前シルクロード沿線の安全確保及び物質供給のため築いた●漢の長城にご案内します その後、全国ベスト10の市場に選ばれ、飲食街・工芸品街・農産物街など五つの部分からなっている沙州夜市へご案内します 夕食は、ガイドの協力でお好きなものをお楽しみください(現地払い) 宿泊:連泊 |
6 | 敦 煌 ≀ 各 地 | ホテル朝食、出発まで自由行動 午後、敦煌空港へ見送り 直行便又は蘭州経由便にて各地へ |
◆ 旅行条件
・ 出発日:毎日
・ 最小催行人数:大人2名
・ 予約締切:10日前
◆ 旅行代金:
・6名催行
- 2名様1室利用の場合
大人お一人様:6820元
子供:120cm~150cm 5860元
120cm未満 682元
- 1名様1室利用の場合、シングルチャージ1580元
・ 2名催行:お一人様9820元
◆ 費用に含まれるもの:
ホテル代(2名1室)、日本語ガイド代、専用車代、食事代(朝5昼5夕5)、トルファン―敦煌間列車代(二等席)、莫高窟特別見学入場料、日程表に記載のその他観光地入場料
◆ 費用に含まれないもの:
国内線航空券代、食事中の飲み物代、記載以外の費用
◆ 代金の支払い
ご予約の完了後に、錦尚トラベルより送信するメッセージで支払額と会社銀行口座などをご案内します。
◆ 取消料
- ご出発10日前の16:00まで、ホテルの取消料のみ。
- ご出発3日前の16:00まで旅行代金の30%。
- ご出発前日の16:00まで旅行代金の50%。
- ご出発前日の16:01以後100%。
- 台風、地震、豪雨など不可抗力により間際の航空便取消の場合、関連証明書を提出できれば無料となります。
◆ 使用方法
※ 全ての時刻は、現地時間での表示です。
※ このコースの最適出発時間は4~10月になります。
※ 120cm未満のお子様は座席確保できません。
※ 相部屋はお受けできません。
※ トリプル手配はお受けできます。
※ 初日のご出発地からウルムチまで、最終日の敦煌からご出発地まで、往復の国内線チケットは含まれません。ご自分で手配ください。ご希望があれば、弊社でも代行手配可能です。
※ スケジュールは天候、交通状況等の影響により変更、中止になる場合があります。
※ 日程表で記載している移動時間はあくまで目安時間で、当時の交通事情や天候により変更することもあります。
※ ご予約の完了後に錦尚トラベルより予約確認メールを送信します。
※ 当日は、ご案内担当者にご予約時に使用したパスポートと姓名をお伝えください。バウチャーのご提示は必要ありません。
※ 予約確認メール記載の集合場所には時間厳守でお集まりください。ご案内担当者から連絡をすることはございません。その他、何か問題がありましたら、錦尚トラベルまでご連絡ください。
◆ 注意事項
※ 有効期間:予約時に選択いただいた日付に限り有効です。
※ スニーカーなどの履きなれた歩きやすい靴、動きやすい服装でご参加ください。
※ 観光当日は、パスポートを必ずご持参ください。
弊社の責任
・錦尚旅行やツアーオペレーターはいかなる場合もお客様の盗難、損害、怪我、事故、遅延、スケジュールの変更などについて責任を負いません。又、それにより起因するお客様の損害に対しても、同様に責任を負うものではありません。
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・錦尚旅行は良識ある判断に基づき、災難・事故或いは当社の管理を超える事態が予測される場合、旅行の短縮や催行中止に関して裁量致します。また、旅行の取消、短縮がある場合は、お客様に連絡し、払い込み頂いている旅行費用を返金するか、あるいは旅行開始後の場合、すでに実施したツアー費用を精算して払い戻し、以後その件に関する責任や義務は一切負いません。
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